ホーム > すぐにわかる千葉の魅力 > 旬のe!ちば > ちばの初詣スポット2023
ここから本文です。
更新日:2022年12月20日
すぐにわかる千葉の魅力
新しい年の始まりは千葉県で。令和5年度のお参りは定番どころ?それとも旅先で?
個性豊かで、歴史ある千葉県の初詣スポットをお参りしませんか。
情報が変更されている場合もございますので、あらかじめご確認のうえ、お出かけください。
北極星の神様 「妙見さま」 をお祀りする総本宮である千葉神社には、毎年三が日だけで約65 万人もの初詣客が訪れます。
「方位方角の中心から全ての人の星(=運命)を司る」 という御力を求めて、厄除開運・八方除の御祈願を受けに全国から参拝の方が途絶えません。
三が日以降も一年を通して9時00分~15時45分の間、随時ご祈願を承っています。
三が日は例年約30 万人の人出で賑わいます。元日の13時00分 からは、古事記の世界を再現する十二座神楽(千葉県無形民俗文化財)が奉納されます。
スサノヲノミコトを主祭神として祀る神社で、古くより漁港の町検見川の八方除守護、縁結びの神としても知られています。
また、千葉県随一の八方除総鎮護の神社で、大勢の方々が八方除で祈願に来社されています。八方除とは、地相、家相、方位、日柄、歳回り、風水など森羅万象すべての災禍、災厄を取り除き、併せて諸々のお願い事を祈念するご祈願です。お正月は元日の0時00分に八方除祈願祭が斎行されるほか、三が日は大勢の方々が初詣にお参りされます。また、1月14日(土曜日)17時00分から旧年の神札をお焚き上げする古神札焼納祭(どんと祭)も斎行されます。
鎌倉時代に創立された日蓮宗大本山の由緒ある寺で、境内には、祖師堂・法華堂・四足門・五重塔などの重要文化財が残されています。
大晦日には、鐘楼堂で除夜の鐘を撞くことができるため長い列ができます(先着約1,000名)。また、三が日の10時30分と13時30分に、新年特別祈祷会・鬼子母神大祭が行われます。
※新型コロナウイルスの影響により変更になる場合があります。
寛平年間(889年~896年)、宇多天皇の勅願によって石清水八幡を勧請した神社で、以来朝廷、武将の信仰が厚く、源頼朝や太田道灌、徳川家康も崇敬したといわれています。本殿右側には国指定天然記念物「千本公孫樹」の大木がそびえています。江戸時代の文献には、祭礼の時に音楽を奏でると、この木から幾多の小蛇があらわれたと記されています。大晦日の日付が変わる頃に、神楽殿にて巫女の舞が奉納されます。また、鐘撞きの受付も行います。(1月3日17時00分まで)
※新型コロナウイルスの影響により変更になる場合があります。
建長八年(1256年)千葉頼胤が菩提寺とした大日寺が前身で後に康歴元年(1379年)関東公方足利氏満によって萬満寺と改められた臨済宗の古刹です。
本土寺は、もと源氏の名門平賀家の屋敷跡と伝えられ、建治3年(1277年)、日蓮聖人の弟子日朗を導師として招き、領内の地蔵堂を移して法華堂として開堂、日蓮聖人により長谷山本土寺と寺号を授かったのが始まりとされています。池上の長栄山本門寺、鎌倉の長興山妙本寺とともに朗門の三長三本の本山と称される名刹です。
東漸寺は、今から約530 有余年前の文明13 年(1481年)、経譽愚底運公上人により当初根木内に開設しました。約60年後の天文年間に現在地に移され、江戸初期に関東十八檀林の1つとされた名刹です。
寛永三年(1626年)の創建とされ、ご祭神は日本武尊をお祀りしています。江戸期には、水戸光圀公からも崇拝を受けたとの伝承も残る松戸総鎮守です。
古くから天王様とよばれて街の人々に親しまれてきた柏神社は、山形の羽黒神社と京都の八坂神社の両神が鎮座する合祀社です。江戸時代に柏近辺で流行した疫病から人々を救うために、厄除けとして名高いスサノオノミコトを境内に祀ったのが始まりと言われています。
「布施の弁天さま」 として親しまれている当山は、紅龍山布施弁天東海寺と称し、大同2年(西暦807年)に弘法大師空海御作といわれる弁財天像をご本尊(秘仏)として開山された祈願寺です。平成18年には本堂・楼門・鐘楼が千葉県重要文化財の指定を受けました。
創建は、宇多天皇の御代に 「下総国第一鎮守宇多天皇勅願所」 として鎮座されたと伝えられており、1193年に柏市近郊一帯の総鎮守として再び社殿が創建されました。御祭神は、誉田別名(15代応神天皇)・気長足姫命(神功皇后)・玉依姫命です。
現在の本殿は、1830年~1843年造営のものと伝えられ、権現流れ造りとなっており、基礎の石垣は安土桃山時代の形式を遺しています。
成田のお不動様として全国にその名が知られ、三が日で約300万人(寺院では全国1位)が参拝する真言宗智山派の大本山です。
ご本尊は弘法大師が敬刻開眼した不動明王で、開山以来ご信徒のお願い事の成就を祈る御護摩祈祷が毎日行われています。境内には江戸時代に建立された三重塔など、国指定重要文化財5棟をはじめ、2017年には成田山開基1080年を記念して醫王殿(いおうでん)が建立されました。また、四季折々の美しさを楽しめる165,000平米にも及ぶ大庭園「成田山公園」 があります。
当山は宗吾霊堂と親しまれていますが、正式には、「鳴鐘(めいしょう)山東(ざんとう)勝寺(しょうじ)」 といいます。桓武天皇の時代に征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定した際、戦没者の供養のために建立されたものです。
徳川4代将軍家綱の時代に佐倉藩の領民を救うために将軍に直訴し、その罪により磔刑にされた義民佐倉宗吾(木内惣五郎)の菩提寺であり、百年忌の時に宗吾道(そうごどう)閑居士(かんこじ)の法号をうけたことから宗吾霊堂と呼ばれるようになりました。
現在、境内には、佐倉惣五郎の遺品などを集めた 「宗吾霊宝殿」 や「宗吾御一代記館」 などがあり、正月には40万人以上の参詣者で賑わいます。
圓福寺は坂東三十三ケ所観音霊場の二十七番札所です。「飯沼観音」「銚子観音」の呼び名で親しまれ、十一面観音像が本尊です。江戸時代から参拝者が絶えない名刹となっております。
▶初護摩
1月1日(日曜日・祝日)…0時00分、6時00分、11時30分、13時30分
徳道上人(とくどうじょうにん)創設以来の巡礼の歴史と伝統を受け継いで開創された満願寺には、総ヒノキ造りの高さ1丈3尺(約4.3m)の十一面慈母観音像の本尊と古くから信仰に支えられた西国・坂東・秩父の百観音霊場や弘法大師が開創された四国88カ所の霊場の本尊を勧請(かんじょう)し、奉安した御堂などがあります。
香取神宮は、御祭神に経津主大神を祀り、古来より国家鎮護の神として崇拝され、数少ない 「神宮」 の称号を持つ下総国一之宮です。現在の社殿は元禄13年(1700)、徳川5代将軍、綱吉公によって造営されたもので、本殿・楼門は国の重要文化財、拝殿は登録文化財の指定を受けています。宝物館には、国宝の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)をはじめ、多くの文化財が展示されています。
古き書物では、香取を 「楫取」 と表し、 『楫かじ を取る神』 として崇敬を集め、交通安全をはじめ、家内安全・商売繁盛・厄除け・心願成就の祈願を受けるために多くの参拝者が訪れます。
川崎大師・西新井大師と並ぶ日本三大厄除大師の1つで、開基は890年と伝えられる古刹です。境内には伊能忠敬の墓をはじめ、古い下総板碑などの貴重な資料が残されています。
※ 大晦日の夜、0時00分に護摩祈祷を行います(見学可)。
上人が晩年を過ごされたこの地は、後に法華経修行の道場(中村檀林)となりました。常時500名を超えた学僧は法華経の心をこの地に学び、270年の間、延べ10万人が僧侶となって全国各地へと巣立っていきました。その後、檀林は閉鎖されてしまい、その姿は現在、大きな森と時代の流れの中にひっそりと佇んでいます。
山門に掲げられていた 「正東山(しょうとうざん) 」 の扁額は本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)の真筆と言われ、関東三額の一つに挙げられているほか、水戸光圀ゆかりの屏風も所蔵されています。更に、当山最高の宝物である、日蓮聖人と富木日常上人の心の絆を形に木像として彫りあい、お互い相手の像を持ちあったとされ、殊に日蓮聖人が一刀入れられたとされる「交互(みたがい)の御影(みえい)」 が格護されています。
大晦日から元旦にかけて、希望者全員除夜の鐘を撞くことができ、初詣は貫主と一緒にお一人ずつ一年の平安を祈ります。
北総印旛沼の南岸、八千代市から成田市まで18社鎮座している中の1社で、佐倉藩の総鎮守です。古くから 「まかたさま」 として親しまれ、崇拝されてきました。恋愛成就・安産子育て・健康守護にご利益がある稚産霊命(わくむすびのみこと)を祀っています。
781年に創建された観音教寺は、仁王門に安置された仁王尊像が広く知られており、古くから「芝山仁王尊」 の呼び名で親しまれています。本尊の十一面観音様は 「厄除け」、芝山仁王尊天は 「火事泥棒除け・災難除け」 に霊験あらたかです。
約300年前、「椿の海」の干拓の無事を祈願し、その成功に感謝にして造られた伊勢神宮の分社で干潟八万石の守り神です。
山武市内を一望する小高い丘にそびえ立つ浪切不動尊本堂には、その昔、この不動尊の常夜灯が沖合いに漂流していた漁船を救ったという伝説が残っています。境内には、昔ここが海だったことを示す奇巌・怪石があります。
家内安全・商売繁盛・事業繁栄・身上安全・交通安全・厄除祈願・合格祈願・大漁祈願・子授・良縁祈願にご利益があります。
初詣は年頭の祈願をする重要な年中行事です。御利益いっぱいの笠森観音で輝かしく新年をお迎えください。境内には多くの国・県・町指定の文化財があります。
玉前神社は、上総国一之宮として格式があり、日本の東(巽の最大の吉方)に位置する社として、首都圏から開運を求めて多くの参拝者が訪れます。
お題目初唱の霊場として日蓮宗の中でも最も古い歴史を持つ寺の1つです。身延山に対して「東身延ひがしみのぶ 」 と称されています。
山門は龍宮の門をイメージした多宝塔式で大変珍しいものであるとともに、本堂唐門向拝ほんどうからもんごはい 彫刻ちょうこく (二代目波の伊八作)は、市の指定文化財となっています。
景行天皇41辛亥年(111年)正月17日に日本武尊(やまとたけるのみこと)の手により創建され、平成23年にはご鎮座1900年を迎えました。ご祭神は日本武尊の妃 弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)を主祭神とし、相殿神として日本武尊と忍山宿禰(おしやまのすくね)を奉斎し、三柱を一座としてお祀りする、上總國二之宮・延喜式内社の伝統と格式を誇る古社です。社叢(しゃそう)は市の天然記念物に指定されている他、宮ノ下遺跡の史跡にもなっており、県や市の有形文化財も多数所有しています。
安房を開いた天富命が祖神天太玉命を祀って創建した神社で、今も安房国の一之宮として人々に尊崇されています。安房神社の歴史は古く、「古語拾遺」や「先代旧事本紀」といった書物によると今から2670年以上前といわれています。
現在では、安房全域をはじめ、上総・下総・関東地方の信仰を集めており、交通安全・開運・厄除・家内安全・商売繁昌などを願う人々が訪れます。
また、初詣には地元の人以外にも、遠方からたくさんの方が訪れます。
12月31日(金曜日)の23時00分過ぎから除夜の鐘を撞くことができます。先着108人の方には、記念に絵馬が配られます(事前申込制になる可能性あり)。元旦の0時00分から世界平和を祈って護摩が焚かれた後、住職より新年のあいさつがあります。
観音堂は県有形文化財に指定されています。
日蓮大聖人の生まれた地に記念して建立されたお寺で日蓮宗の大本山です。仁王門をくぐると弘化3年(1846)の建築という世界有数の鬼瓦を擁する祖師堂や境内には日蓮大聖人の御幼像があります。また、門前には土産物屋が数多く軒を連ね、賑わいを見せています。
※ 新型コロナウイルス感染拡大防止の観点により、密を避けるため分散参拝をお願いします。
宝亀2年(771年)、不思議法師が開創しました。日蓮聖人が出家し、その後初めて南無妙法蓮華経のお題目を唱え、開宗した大本山です。
宿坊を完備し、大晦日に宿泊すると除夜の鐘を優先的に撞くことができます。除夜の水行見学・初祈祷・日本有数の早く拝める初日の出・精進料理・おせち料理等ございます(宿坊・精進料理は要予約)。
元旦の0時00分から1週間、厄よけ等の特別祈祷が行われます。(特別祈祷は研修会館道場にて行います。)
高家神社の主祭神は磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)で、日本で唯一の料理の神様を祀る神社です。古くから味噌・醤油の神様としても全国にその名を知られ、調理師・調味加工業者の信仰を集めてきました。
大晦日は23時30分頃から大祓式・除夜祭、元旦の0時00分からは元旦祭が行われます。
南総里見八犬伝で有名な戦国大名里見氏の信仰も厚かった日本三石塔寺の一つです。境内には、本堂をはじめ多宝塔・薬師堂・山王堂などが静かに佇んでいます。本尊の木造十一面観世音菩薩立像並びに諸堂は、国の重要文化財に指定されています。
大晦日は23時45分から除夜の鐘をつき、先着108名様にお餅などをご用意しています。新年0時00分からは修正会(初詣)と大護摩が行われます。なお、護摩祈願は随時受け付けています。
(1月1日 0時00分、9時00分~16時00分、1月2日 9時00分~16時00分、1月3日 9時00分~1
6時00分)
天台宗のお寺で大同2年(807年)に慈覚大師円仁が開基したと伝えられています。千手観世音を御本尊とし、坂東観音巡礼32番札所となっています。千葉県指定文化財に指定されている十一面観音立像が有名で、寺と周囲の森が千葉県郷土環境保全地域に指定されるなど美しい自然を見ることができます。
大晦日は、23時35分分頃から除夜の鐘を先着順で撞くことができます。
大同3年(808年)に慈覚大師円仁が開基したと伝えられています。南総屈指の名刹で、江戸時代から地元はもとより遠く江戸からの参詣もあったといい、御本尊は飯縄大権現。寛政9年(1797年)に再建された本堂内には波の伊八の彫刻 「天狗と牛若丸」 などの欄間彫刻や三代目堤等琳(つつみとうりん)作の天井画 「龍」 があります。
12月15日には、煤取り開帳があり、火防・盗防のお札を求め、多くの人々が参詣します。
12月31日から1月1日の朝にかけては、初詣の参拝客でにぎわい、除夜の鐘は一般参拝客も撞くことができます(12月15日、年末年始ともに拝観料無料)。
嘉祥2年(849年)、慈覚大師円仁によって草創されたと伝えられます。江戸時代は御朱印30石、10万石の処遇を受け、上総・安房に末寺96か寺を有する大寺院として、関東天台の中核をなし、学問寺および祈願寺として発展しました。こちらにも波の伊八の彫刻 「波に宝珠」 などがあります。
除夜の鐘は12月31日(金曜日)夜から撞くことができます。※未定
神亀2年(725年)、聖武天皇の勅願によって行基が開いた古刹で、鋸山南斜面を境内とし、1779年から1798年に大野甚五郎らが彫刻した高さ31.05mの大仏、千五百羅漢、また世界戦争の戦没者供養と交通安全の守り本尊として建てられた百尺観音など、岩石を生かして彫り上げた多数の仏像が散在しています。
12月31日(木曜日)の15時00分から半年間の罪穢れを祓う「年越しの大祓式」が行われ、午前0時からは一年間の大神様の御加護を祈念する「歳旦祭」が行われます。元旦からは家内安全・厄災消除・商売繁盛・交通安全・合格祈願等の新年祈祷が随時行われ、恵方の神社として多くの人々が訪れます。
木更津市矢那に位置する平野山高蔵寺は、「たかくらの観音様」の名で広く親しまれてきました。「高倉たかくら 観音かんのん 」は、鎌倉時代から坂東30番札所として知られています。寺に一歩踏み込むと、樹齢数百年もの古杉がうっそうと立ち並び、古刹の貫禄を充分に漂わせています。
厄除け・商売繁盛・家内安全のほか、縁結び・子授けの観音様としても知られています。
信仰と伝説の山として知られる鹿野山の頂にあり、広い境内は雄大な規模を誇っています。寺伝では、聖徳太子の創建といわれる関東最古の名刹です。古くから房総3国の氏寺として、足利氏・上杉氏などの武将や民衆の厚い信仰があったといわれています。杉木立に囲まれた境内には仁王門、本堂、経堂、六角堂、鐘楼堂、五重の石塔などがあります。運慶、左甚五郎の作といわれる彫刻などがあり、由緒ある寺として知られています。
12月31日(土曜日)23時00分から、整理券(1回1,000円)を配布された先着108人が除夜の鐘を撞くことができます。
三石山の頂に位置する真言宗智山派の寺院です。本堂に3つの奇岩が寄り添っているため、三石観音と呼ばれています。本堂は、正面・側面とも3間で周りに高欄がめぐらされており、屋根は、入り母屋造り・銅板葺きです。
本堂内には、十一面観音・薬師如来が鎮座し、一言観音として、また、縁結び・海難よけに霊験があるといわれ、祈願者も多く見られます。
お釈迦様の母、摩邪夫人がご本尊のお寺です。安産・子授け・縁結びにご利益があります。一般法要のほか、水子供養、ペット供養を行います。
東京湾観音の御尊姿は高さ56mの大きな観音像です。霊峰富士と東京湾を一望できる南房総国定公園大坪山山頂に太平洋戦争の戦死戦災死者の御霊を祀り、二度と戦争の大禍がないようにと世界永遠の平和を祈念して建立、昭和36年9月に落慶開眼されました。胎内は二十階建てで、十三のご仏像と幸福と繁栄をお授けくださる七福神が安祀され、ご参詣とともに階段を進みながら眺望を楽しむことができます。
白鳳年間に御鎮座したとされる飯香岡八幡宮は、上総国総社とされています。
室町時代の建築美を残した本殿が重要文化財に指定され、安産・子育ての神として信仰を集めています。