御成街道跡
徳川家康が鷹狩のために造成を命じた街道
慶長18(1613)年、徳川家康が東金へ鷹狩に行くため、佐倉城主土井利勝に命じて造られた、船橋-東金間をほぼ直線に結ぶ約40㎞の街道です。
この街道は、もともと「東金新海道」といい、徳川家康・秀忠・家光(大納言時代)の三代の将軍が鷹狩りの際に利用したことから「御成街道」と呼ばれるようになりました。
造成には、近隣の96(97とも)ヶ村の農民を動員し、昼夜問わずの工事で、短期間で完成したといわれ「提灯街道」「一夜街道」等の別称も残っています。
現在では、船橋-東金間の街道のほとんどが舗装などの改変を受けているなか、八街市内に残る街道の一部は、江戸時代初期に造られた当時の姿を留めています。
- カテゴリー
- 歴史・文化・社寺仏閣
基本情報
- 住所
- 〒289-1126 千葉県八街市沖1581
- 電話番号
- 043-443-1726(八街市郷土資料館)
※施設情報が変更される場合があります。最新情報は各公式サイト等をご確認ください。