検索結果

173件ありました
並び順
人気順
近い順
更新順
表示切替
タイル
リスト
マップ
びんだらいの池
徳川家康が髪を整えたといわれる池
 徳川家康が東金の鷹狩り場へおもむく途中、この池のほとりでほつれた髪を洗い清めたという言い伝えから「鬢盥(びんだらい)の池」と呼ばれてます。 ※近年では水量も減り、長い間湿地帯となっていましたが、現在では調整池として水を湛えています。
びんだらいの池
  • 北総
  • 八街市
detail_12814.html
ベリーズファームあつた
とちおとめ1品種にこだわった農園です。30分間、食べ放題(練乳1個、無料で付いてきます!)ご⾼齢の⽅にも腰をかがめずに、楽に収穫できるように、かがまずにイチゴを収穫できる、高設栽培システムを導入しています。「本当のとちおとめ」を是⾮ベリーズファームあ…
ベリーズファームあつた
  • 北総
  • 富里市
detail_11284.html
多古町魅力発信交流館「たこらぼ」
多古町に暮らす人々との温かい交流を楽しめる複合施設
多古町魅力発信交流館には、多くの人や団体が交流館を拠点としてコラボレーション(協力・連携・協働)し、更なる移住・定住・交流を促進できるようにと願いを込めて、「たこらぼ」の愛称がつけられました。愛称のとおり、子どもからお年寄りまであらゆる世代が会話や…
多古町魅力発信交流館「たこらぼ」
  • 北総
  • 多古町
detail_10203.html
延命寺
勝負石でパワーチャージ!天保水滸伝ゆかりの地を散策
延命寺は真言宗智山派の小寺です。東庄町笹川の町中、蒸気船乗着場の名残がある細い路地の先に位置しています。境内には天保水滸伝と縁の深い、江戸時代の侠客である笹川繁蔵(ささがわのしげぞう)の供養碑があります。その高さは3mにもおよび、圧倒されてしまうほど…
延命寺
  • 北総
  • 東庄町
detail_10183.html
土橋山東禅寺
無念のうちに自刃し果てた千葉胤直・胤宣親子の墓が残るお寺
土橋山東禅寺は、室町時代に自刃した千葉胤直(たねなお)・胤宣(たねのぶ)親子とその一族のお墓が残る寺院です。千葉胤直は、北総の名家・千葉氏の16代目にあたり、室町中期に鎌倉府の重鎮であった人物。しかし、管領足利成氏と執事上杉氏の内紛に巻き込まれ、同じ…
土橋山東禅寺
  • 北総
  • 多古町
detail_10205.html
木下交流の杜歴史資料センター
木下周辺の歴史をまとめて学べる便利な資料館
「木下交流の杜歴史資料センター」は市民の歴史や文化に対する理解や認識を深め、ふるさと意識の醸成と相互理解を図ることを目的に設置された公共施設です。旧千葉県立印旛高等学校の跡地に建設され、延床面積が約500平方m、地上1階建ての構造になっています。館内で…
木下交流の杜歴史資料センター
  • 北総
  • 印西市
detail_10093.html
マルシェカシマ
農産物直売所マルシェかしまでは、地元で採れた新鮮野菜や、ちばエコ米をお買い求めいただけます。 【おすすめポイント】 地元野菜のみなので、季節に合った新鮮なものだけ。また,チバエコ米を米粉にした米粉スイーツをお楽しみください。
マルシェカシマ
  • 北総
  • 佐倉市
detail_10534.html
西の城貝塚
太古の生活に触れられる!国内でも最古に属する貴重な貝塚
淡水と海水の接点に生息するヤマトシジミを主体とし、淡水産のタニシ、カワニナ、階水産のハマグリ、オキシジミからなる径20mの主淡貝塚です。「わくわく西の城」の敷地内にあり、国内でも最古に属します。縄文時代早期初頭のころのもので、縄文人が初めて食糧資源を…
西の城貝塚
  • 北総
  • 神崎町
detail_10168.html
馬渡の険
御成街道一の難所
 「馬渡」の名前は、東金へ向かう将軍一行が、当地の急勾配の坂を上るため、家康が籠から降りて馬に乗り換えた場所といわれていることから、その名が付けられたとされています。 また「馬渡の険」は御成街道一の難所であったと伝えられています。
馬渡の険
  • 北総
  • 八街市
detail_12815.html
三谷胤政供養塔
古刹に静かに佇む、富里の地をおさめた土豪一族ゆかりの供養塔
三谷胤政が開祖とされる中沢の昌福寺にまつられた、市指定有形文化財の供養塔。千葉四郎胤広(たねひろ)を始祖とする氏族である三谷胤政の一族は、千田荘内の中村郷三谷村(現在の多古町)から富里に移り住み、この地で勢力を拡大したとみられています。寺伝では三谷…
三谷胤政供養塔
  • 北総
  • 富里市
detail_10163.html
美千代デザインスタジオ
朝採り野菜で彩られた美味しい花束「ベジブーケ®」のコーディネートを学べるレッスンが開催されています。ベジブーケとは、野菜・果物・ハーブ・エディブルフラワー(食用花)などを束ねたすべて食べることができる「野菜(ベジタブル)」の「花束(ブーケ)」の…
美千代デザインスタジオ
  • 北総
  • 印西市
detail_11232.html
御成街道跡(風景谷の険)
家康が”やちまた”の地に踏入った最初の場所
 御成街道は地形を考慮せずに、ほぼまっすぐに造成されたため、14箇所もの谷津 を経由していたといわれています。中でも深い谷を跨 ぐ、勾配の険しい場所については「険」の名が付けられ、八街市と千葉市の境となるこの区間は「風景谷(ふがさく)の険」の名前で呼ばれ…
御成街道跡(風景谷の険)
  • 北総
  • 八街市
detail_12812.html
御成街道の一里塚
街道に設けられた道しるべ
 一里塚とは、街道沿いの一里ごとに設けられた里程標で、江戸時代には徳川幕府による街道整備政策の一環として、全国の主要街道に設置されましたが、御成街道の一里塚は、街道を真っ直ぐに結ぶために、造成の目印として築かれたといわれ、昼は白旗、夜は提灯が掲げら…
御成街道の一里塚
  • 北総
  • 八街市
detail_12813.html
ページトップへ