南総里見八犬伝ってどんな物語? あらすじや作者、南房総にあるゆかりの地まで徹底解説!

現代のマンガやアニメにも大きな影響を与えたとされている「南総里見八犬伝」。その舞台である房総半島の南端「安房」では今も不思議な伝説・史跡が残されています。歌舞伎・浄瑠璃・講談でも大流行し、今でも人々の心を惹きつける「南総里見八犬伝」とはどのような物語なのか?房総半島に残るゆかりの地、物語が始まるきっかけとなった房総里見氏の歴史などについても徹底解説します!

南総里見八犬伝ってどんな物語? あらすじや作者、南房総にあるゆかりの地まで徹底解説!
南総里見八犬伝ってどんな物語? あらすじや作者、南房総にあるゆかりの地まで徹底解説!

『南総里見八犬伝』とはどのような物語?

  • 芳流閣の屋根の上で戦う犬塚信乃と犬飼現八 「里見八犬伝/芳流閣屋根上の段」より(歌川広貞画、江戸時代末、館山市立博物館蔵)

『南総里見八犬伝』は今から約200年前の江戸時代後期に、曲亭馬琴という戯作者(げさくしゃ、通俗小説の作家)が書いた長編伝奇小説(空想的で不思議な内容の小説)です。テーマは「勧善懲悪(善いことを勧め、悪を懲らしめること)」、そして「因果応報(過去の行いが現在に影響を与えること)」。舞台は室町時代中頃の関東地方で、八犬士と呼ばれる若者たちが活躍します。八犬士は、体のどこかに同じ牡丹の花の形をしたアザと、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が入った珠をそれぞれ持つという不思議な因縁で結ばれ、巨大な悪と戦うストーリーです。全180回、98巻、106冊からなる日本の古典文学で最長の小説ともいわれる『南総里見八犬伝』は、曲亭馬琴が48歳の時から刊行が始まり、76歳の時に完結。28年にも渡って書かれた超大作です。

作者の曲亭馬琴ってどんな人?

  • 曲亭馬琴肖像(館山市立博物館蔵)

作者の曲亭馬琴は、今から約250年前に江戸・深川の下級武士の家に生まれ、幼い頃から書物に親しんでいました。本名は滝沢興邦(おきくに)。曲亭馬琴というのはペンネームです。9歳の時に父親が亡くなり、一家は離散。10代の頃の馬琴は奉公に出ていましたが、14歳で奉公先から出奔し、その後は市中を浮浪していたそうです。しかし、19歳の時に母親が病に倒れ、「滝沢家を再興してほしい」と遺言を残し亡くなります。この言葉が馬琴を動かしました。


母親を亡くしたあとの馬琴は、医術を学んだり、漢文を学んだり、様々な道を試みますが挫折していました。そして24歳の時、当時の流行作家だった山東京伝に弟子入りを志願。弟子入りについては断られてしまいますが、本好きな2人は意気投合し、馬琴は京伝の家に出入りするようになりました。そこで版元として活躍していた蔦屋重三郎と知り合い、京伝の口利きによって馬琴は作家の道を歩むことになったのです。


次第に人気作家となっていった馬琴は、作品を書くことだけで生計を立てることができる日本で最初の職業作家になります。『南総里見八犬伝』は、馬琴が48歳の頃から刊行が始まった作品で、28年にも渡って書き続けられました。馬琴はその間に長男を失ったり、自らも視覚を失うなどの苦難がありましたが、長男の嫁のお路に口伝で内容を伝えるなどして執筆を続け、76歳の時に完結させたのでした。

プロローグ:玉梓の怨念が里見家に暗い影をもたらす

  • 里見家に呪いをかけた玉梓 『八犬伝犬の草紙之内』より(二代歌川国貞画、1852(嘉永5)年、館山市立博物館蔵)

それではまず、『南総里見八犬伝』についてあまりご存じない方のためにあらすじをご紹介しましょう。時は室町時代の中頃、鎌倉公方・足利持氏(もちうじ)と京都の将軍家との間に起こった対立きっかけに、関東各地に騒乱が広がっていった時代のお話です。持氏の遺児を引き取った結城氏が反乱を起こした結城合戦において、父とともに結城方として参戦し、敗れた里見義実(よしざね)は、父から「落ち延びて里見家を再興せよ」と託され、安房国(現在の房総半島南部)へと渡るところから物語は始まります。


安房国の北半分は滝田城主・神余光弘(じんよみつひろ)が治めていましたが、玉梓(たまずさ)という美女にうつつを抜かし、酒色におぼれていたところを玉梓と密通していた家臣の山下定包(さだかね)に城を乗っ取られてしまいました。ちょうどその頃、安房国に上陸した義実は、光弘の重臣だった金碗八郎(かなまりはちろう)と出会い、定包を討ちます。玉梓も捕らえられ、義実は「女は許してもいいのでは」と口にしますが、八郎に反対されたため処刑することに。玉梓は「里見を末代まで呪い、子孫を犬にしてやる」と恨みを残して死んでいきました。この怨念が後に里見家を祟ることになるのでした。

犬にまつわる不思議な因縁が里見家に降りかかる

  • 安西景連の首をくわえ城に戻ってきた八房 『美勇水滸伝』より(月岡芳年画、1866(慶応2)年、館山市立博物館蔵)

やがて滝田城主となった里見義実は結婚し、娘・伏姫(ふせひめ)を授かりますが、伏姫は玉梓の怨念からか3歳になっても言葉を話すことができずにいました。そこで、心配した母が伏姫を伴い役行者(えんのぎょうじゃ、山岳信仰と仏教が融合した修験道の開祖といわれる)の岩窟にお参りに行くと、その帰り道に不思議な老人から数珠を授けられます。数珠には「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の8つの文字が浮かんでいました。


この日を境に、伏姫は言葉を話すようになり、美しく健やかに成長します。伏姫が12歳になった頃、義実は領内で狸に育てられたという子犬を貰い受けました。犬の白い体には8つのぶちがあったため、八房(やつふさ)と名付けられ、伏姫もたいそう可愛がっていました。


ある年、前の年に館山城の安西景連(かげつら)の領地が不作となったので、義実は米を送っていましたが、今度は里見領が不作になったために、金碗八郎の息子・大輔を使者に遣わして、景連に助けを求めました。しかし、景連は前年の恩を忘れ、滝田城に攻め込んできたのでした。滝田城では食糧がつき、もはやこれまでという夜、義実は八房に「敵の大将の首を取ってきたら、伏姫を嫁にやろう」と戯言(たわごと)を漏らしました。しばらくすると、八房はなんと敵将・景連の首をくわえて城に帰ってきたのです。これにより里見軍は、見事逆転勝利を収めます。義実は八房に褒美として美食を与えましたが、八房はいかにも伏姫を求める素振りを見せます。怒った義実は八房を殺そうとしますが、伏姫が「君主たる者、約束を違えるべきではありません」と言って、八房の背中に乗り、城を出て空を飛ぶように富山(とやま、現在はとみさんという)の山中に入っていってしまったのでした。

8つの珠が天高く飛び散り、八犬士に受け継がれていく

  • 伏姫(中央左)と8つの珠。左が金碗大輔 『里見八犬伝/富山』(江戸時代、館山市立博物館蔵)

富山の山深い洞窟で、八房と暮らすことになった伏姫は、読経を繰り返す日々を過ごしていました。八房もやがて読経に耳を傾けるようになっていきます。ある日のこと、泉に映った自分の姿を見た伏姫は、自分の頭が犬になっていることに驚きました。戸惑う姫のもとに仙童が現れ、伏姫のお腹には「犬の気によって、8つの子が宿っている」ことを知らされます。身に覚えがないのに、犬の子をなしたことに恥じた伏姫は自害を決意するのでした。


ちょうどその頃、伏姫の安否を気遣って、父の義実は富山に向かっていました。伏姫の許嫁(いいなずけ)であった金碗大輔も姫を救い出そうと富山に登っていましたが、八房を見つけると持っていた鉄砲で八房を撃ち命中させます。しかし、その弾は伏姫にも当たってしまったのでした。出くわした義実が、伏姫が幼い頃より護身のため持っていた数珠を姫の首にかけると一旦は蘇生しますが、伏姫は身の純潔を証明するために刀で自害を遂げてしまいます。するとその傷口から白い「気」が立ち上り、数珠から「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が浮かんだ8つの珠が光り輝きながら、天高く空の彼方に飛び散っていったのでした。ここからいよいよ8つの珠を受けた八犬士たちの波乱万丈の物語がスタートすることになるのです。

『南総里見八犬伝』ゆかりのスポットをご紹介!

『南総里見八犬伝』の物語はこの後、関東地方の各地で展開されていきますが、先にご紹介した序盤部分の舞台となるのが、房総半島南部にあたる安房の地です。南房総市や館山市には、里見義実が本城とした滝田城をはじめ、伏姫と八房が逼塞した富山など、物語に描かれているゆかりのスポットが今も残されています。

滝田城址
『南総里見八犬伝』では、神余光弘の居城だった滝田城。家臣の山下定包に乗っ取られたのち、定包を討った里見義実の居城となりました。戦国時代には安房国の主要幹線道・平久里道を押さえる要衝であり、史実では1533(天文2)年の里見一族の内乱の際に、里見義堯(よしたか)によって攻め落とされています。その後、上総進出の拠点として、義堯がしばし在城していました。
滝田城址
養老寺(役行者の岩窟)
3歳まで言葉を発することができなかった伏姫が、母とともにお参りをした役行者を祀る祠があるお寺。祈願の帰りに伏姫は、役行者の化身と思われる老人から護身として「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の8文字が浮かんだ数珠を授かりました。役行者は修験道の開祖として知られ、養老寺も717(養老元)年に役行者によって創建されたと伝えられています。
養老寺(役行者の岩窟)
八房公園「八房と狸の像」
領内に狸に育てられた犬がいるということで、里見家で飼われることになった犬の八房が生まれた場所とされています。伏姫は八房を可愛がり、八房も伏姫に懐いていましたが、実は、八房は玉梓の怨念を受けた古狸が育てた呪いの犬でした。
八房公園「八房と狸の像」
伏姫と八房の像
八犬士が誕生するまでの物語の舞台・富山に最も近いJR岩井駅前では、伏姫と八房のブロンズ像がお出迎え。200年もの時を超えて、『南総里見八犬伝』の世界にあなたを誘います。
伏姫と八房の像
富山山門
富山の玄関口にあたる山門で、奥には八房が伏姫を背負って歩いたとされる階段が続いています。父・義実が交わしてしまった約束を守るため、八房の嫁となる覚悟を決めた伏姫。滝田城を出た伏姫と八房は、ここを通って山の奥深くへと入っていきました。
富山山門
伏姫籠穴
富山中腹にある伏姫と八房が暮らしたとされる洞窟です。伏姫はここで毎日、読経をして過ごしていました。伏姫の読むお経を聞いて、八房に込められた呪いは消え失せていったようです。付近には金碗大輔に撃たれて死んだ八房を葬ったとされる犬塚もあります。
伏姫籠穴

八犬士が活躍する物語後半へ

  • 10の名場面を描いた『里見八犬伝一覧』(歌川国芳画、弘化〜嘉永年間、館山市立博物館蔵)

『南総里見八犬伝』ではその後、伏姫が「8つの珠を持つ者が、里見家を守り立ててくれる」と言い残し絶命します。大輔はその場で出家し、犬という字を2つに割って「ゝ大(ちゅだい)」と名乗り、8つの珠を持つ「八犬士」を探す旅に出ます。


ゝ大は、旅を続けること20年。関東各地で「仁義八行(儒教の教えの根底にある人として大切な8つの行い)」である「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が浮かびあがった珠を持つ若者と次々にめぐり会います。彼らはそれぞれ不思議ないきさつで珠を持ち、体のどこかには八房の体にあったぶちと同じ牡丹の花の形をしたアザがあり、「犬」に由来する名を称していました。彼らこそが伏姫に宿った8つの魂を受け継いで、この世に生まれた里見の八犬士です。物語では、八犬士が出会いや別れを繰り返し、様々な困難を乗り越えながら、やがて里見家のもとに集結し、安房国に理想郷を築いていくのです。

犬塚信乃 戍孝(いぬづかしの もりたか)
親によく尽くすという意味の「孝」の珠を持つ。悪人の叔父・大塚蟇六(ひきろく)に育てられますが、そこで大塚家の使用人だった額蔵(がくぞう)と出会い、2人は同じ珠とアザを持つことを知ります。19歳になった信乃は、父が足利家より預かった名刀・村雨丸を足利家に返す旅に出ます。旅の途中、芳流閣で犬飼現八と決闘をしたり、行徳(ぎょうとこ、現在はぎょうとくと読む)で犬田小文吾と出会い、八犬士の宿命を知ることになります。
犬塚信乃 戍孝(いぬづかしの もりたか)
犬川荘助 義任(いぬかわそうすけ よしとう)
利害を捨て、道理に従い人のために尽くすという意味の「義」の珠を持つ。大塚蟇六の使用人で、額蔵と呼ばれていましたが、信乃と出会い、互いに同じ珠とアザを持つことを知った2人は、義兄弟の契りを交わします。信乃とともに旅立った後、育った大塚村に引き返す途中、名刀・村雨丸を巡って犬山道節と戦いました。大塚村では、代官の宮六(きゅうろく)に蟇六夫婦が殺されたことを知り、敵を討ちましたが、濡れ衣を着せられ処刑される寸前のところを信乃や現八、小文吾に助けられます。
犬川荘助 義任(いぬかわそうすけ よしとう)
犬山道節 忠与(いぬやまどうせつ ただとも)
主君に忠実に尽くすという意味の「忠」の珠を持つ。道節は19歳のときに管領・扇谷定正(おうぎがやつさだまさ)に一族を殺され、敵を討つため修験者・寂莫道人肩柳(じゃくまくどうじんけんりゅう)となって軍資金を集めていました。そして偶然、幼い頃に別れた妹で、信乃の許嫁となっていた浜路(はまじ)と再会し、名刀・村雨丸を手にします。しかし、そこに村雨丸を信乃のもとに取り戻そうと荘助が現れ争いになり、切られた道節の肩からは「忠」の珠が飛び出してきます。
犬山道節 忠与(いぬやまどうせつ ただとも)
犬飼現八 信道(いぬかいげんぱち のぶみち)
信念を持ち、人を信じるという意味の「信」の珠を持つ。身投げをして死のうとしていたところを足利成氏(なりうじ)の家臣・犬飼見兵衛(けんべえ)に助けられ、見兵衛に育てられました。武芸に優れた現八は成氏の家臣となりますが、命令に背いたため牢屋に入れられていました。そこにやってきた信乃を捕らえるため、牢屋から出された現八は信乃と芳流閣で決闘を繰り広げます。激しい戦いの末、2人は川に落ちて行徳の宿屋・古那屋(こなや)にたどり着きました。そこで小文吾、ゝ大と出会い、八犬士の宿命を知るのでした。
犬飼現八 信道(いぬかいげんぱち のぶみち)
犬田小文吾 悌順(いぬたこぶんご やすより)
兄弟姉妹が力を合わせるという意味の「悌」の珠を持つ。信乃と現八が芳流閣から川に落ち、流れ着いた先の行徳の宿屋・古那屋の息子です。現八とは幼い頃から知り合いでしたが、同じアザと珠を持つ信乃と出会い、3人は義兄弟の契りを交わしました。また、ここでゝ大と出会い、八犬士の宿命を知ったほか、甥である犬江親兵衛も八犬士の1人であることを知ります。越後で闘牛の暴れ牛を取り押さえ、盗賊を退治するなど、巨漢で力自慢の犬士です。
犬田小文吾 悌順(いぬたこぶんご やすより)
犬坂毛野 胤智(いぬさかけの たねとも)
物事をよく理解し、正確に判断するという意味の「智」の珠を持つ。千葉家の家臣・粟飯原胤度(あいはらたねのり)の子でしたが、毛野がまだ母の腹の中にいるときに馬加大記(まくわりだいき)と籠山縁連(こみやまよりつら)の騙し討ちにあい、父が亡くなりました。追手から逃れるために毛野は女の子として育てられ、その後、女田楽師の一行に加わります。女田楽師・旦開野(あさけの)として大記の屋敷・対牛楼に招かれた毛野は、小文吾と出会い、女と油断させて大記を討ち果たしました。もう1人の敵・縁連を襲った際には追い詰められてしまいますが、小文吾ほか5人の犬士が駆けつけ、見事敵討ちを成功させました。
犬坂毛野 胤智(いぬさかけの たねとも)
犬江親兵衛 仁(いぬえしんべえ まさし)
全ての人に親しみと情け深くあることを意味する「仁」の珠を持つ。八犬士の1人・小文吾の妹・ぬいの子で、学問と武芸に優れた八犬士最年少の神童です。生まれつき左手を開くことができませんでしたが、行徳の古那屋で父の房八と母のぬいが亡くなったときに、左手が開くようになり、中から「仁」の珠が現れました。その後、親兵衛は神隠しにあいますが、富山で神霊となった伏姫に育てられ、里見義実が襲われた際に忽然と姿を現して義実を救いました。
犬江親兵衛 仁(いぬえしんべえ まさし)
犬村大角 礼儀(いぬむらだいかく まさのり)
人との繋がりや、社会の秩序を保つための決まりに従うという意味の「礼」の珠を持つ。下野(しもつけ、現在の栃木県)の郷士・赤岩一角(いっかく)の子として生まれますが、一角は庚申山(こうしんやま)に住む山猫の妖怪に殺され、山猫が化けた偽の父に虐待されて育ちました。その後、叔父の犬村儀清(のりきよ)に引き取られ、儀清の娘・雛衣(ひなぎぬ)と結婚。しかし、雛衣が誤って珠を飲み込んでお腹が膨らんでしまったことから、不義を疑い離縁しました。雛衣は身の潔白を証明するために割腹。すると「礼」の珠が飛び出して山猫に一撃を加え、化け猫退治に来ていた現八とともに妖怪を退治します。
犬村大角 礼儀(いぬむらだいかく まさのり)

『南総里見八犬伝』は、日本の冒険ファンタジーの元祖

  • 八犬士と伏姫を描いた役者絵『見立八犬伝』(豊原国周画、1857(安政4)年、館山市立博物館蔵)

『南総里見八犬伝』は、前世からの因縁によって巡りあった若者たちが、深い絆を築きながら、理想郷を目指して多くの試練を乗り越えていくという物語です。今から約200年前に刊行されて以来、読み物としてはもちろん、歌舞伎や浄瑠璃、講談などでも数多く演じられてきたほか、現代のマンガやアニメ作品にも大きな影響を与えていることから、日本の冒険ファンタジー小説の元祖ともいわれています。

例えば、光り輝きながら天高く飛び散っていった8つの珠が、八犬士の手に渡り、それらが再び集まることで里見に栄光をもたらすという展開は、集めると龍が現れて願い叶えてくれるというマンガ『ドラゴンボール』の設定に影響を与えたといわれています。また、犬塚信乃が託された足利家の宝刀・村雨丸は、ひと振りすれば切っ先から雨のように水がしたたる名刀でした。これはマンガ『鬼滅の刃』の水の呼吸に通じるところがあるともいわれています。

登場人物についても、『南総里見八犬伝』では女性のように美しい美男子、力自慢の巨漢犬士、妖術使いなど、個性的で魅力あふれるキャラクターが数多く描かれていますが、それぞれの人物像が丁寧に描かれているので、読者は感情移入がしやすく、誰もが自分なりの「推し」を見つけられます。そんなところも『南総里見八犬伝』が時代を超えて、長く人々に愛されている理由なのではないでしょうか。

『南総里見八犬伝』に登場する里見氏は、関東最大の戦国大名だった!?

曲亭馬琴が『南総里見八犬伝』のモデルにしたのは、戦国時代に十代、約170年にわたって房総を本拠地とした房総里見氏です。里見氏はもともと安房の武士ではなく、上野国(こうずけのくに、現在の群馬県)里見郷の出身で、武家の名門・源氏から分かれた新田氏の一族が、里見姓を名乗ったのが始まりでした。

室町時代中期の15世紀半ば、関東地方では鎌倉公方の足利氏と関東管領の上杉氏が対立を繰り返し、戦国時代が幕を開けようとしていました。そんな折、安房国(現在の千葉県南部)に現れたのが、『南総里見八犬伝』に登場する房総里見氏の祖・里見義実(よしざね)です。義実は鎌倉公方・足利成氏の側近であったとされ、敵対する上杉方の勢力から白浜城を奪って安房進出の足がかりとすると、三代目の義通(よしみち)の頃までには安房の国主になりました。

  • 里見義通、義豊が安房支配の拠点とした稲村城跡(館山市立博物館提供)

義通の子・義豊(よしとよ)が頭角を現した頃には、相模国(現在の神奈川県)を平定した北条氏が武蔵国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部)に進出してきたため、里見氏と北条氏の間で東京湾の支配権をかけた衝突が始まりました。里見の水軍は強く、1526(大永6)年には義豊が鎌倉を攻撃し、北条軍を鶴岡八幡宮まで追撃したとの記録もあります。

  • 犬掛古戦場跡近くにある里見義通、義豊の墓(南房総市教育委員会提供)

その後、義豊は叔父の里見実堯(さねたか)と、里見家を腹心として支えてきた正木通綱(まさきみちつな)を稲村城で殺害。一族を二分する内乱の時代になりましたが、1534(天文3)年、北条氏の力を借りた実堯の子・義堯(よしたか)が犬掛(いぬがけ)の合戦において義豊を討ち取り、実権を握ります。義堯は関東一円に勢力を伸ばす北条氏と戦うために、越後(現在の新潟県)の上杉謙信や、甲斐(現在の山梨県)の武田信玄などと同盟を結びながら、子の義弘(よしひろ)の代までには安房および上総(現在の千葉県中央部)の支配権を確立していきました。

  • 里見義康が水軍の拠点とした岡本城跡(南房総市教育委員会提供)

豊臣秀吉の小田原攻めに際しては、義弘の孫の義康(よしやす)が豊臣方として参加。義康はその後、豊臣政権下の1591(天正19)年に居城を岡本城から館山城へと移しました。館山城は近くに大きな湊を擁し、また多方面への陸上交通路が集まるターミナルとして発展。城下町も造られ、商人には税が免除されたため町は大いに栄えたといわれています。

  • 房総里見氏最後の拠点となった館山城跡

1600(慶長5)年の関ヶ原合戦においては、上杉勢との戦いのため宇都宮に在陣。戦後は恩賞として常陸国(現在の茨城県)鹿島に3万石を加増し、安房9万石と合わせて12万石と、関ヶ原合戦以降の関東では最大の外様大名になりました。


しかし、1614(慶長19)年9月、徳川幕府の外様大名取り潰し政策にのまれ、義康の後継者・忠義(ただよし)が突然安房の領地を没収され、伯耆国(ほうきのくに、現在の鳥取県)倉吉に改易。館山城は幕府によって解体されてしまいました。倉吉に移って8年。忠義は失意のうちに29歳の若さで病没。相続者はなしとされ、170年続いた房総里見氏の歴史は幕を閉じたのです。


里見氏が遠方に改易された理由は、江戸に近い東京湾の出入り口にあたる南房総に、外様の里見氏がいることを幕府が危険視したからといわれています。折しも予定されていた大坂冬の陣にあたり、江戸の喉元にあたる安房国に、関東最大の外様大名を残しておくわけにはいかなかったということなのでしょう。

曲亭馬琴は、なぜ『南総里見八犬伝』の題材に房総里見氏を取り上げ、どんなことを描きたかったのか?

  • 館山城から館山湾を臨む(城山公園管理事務所提供)

曲亭馬琴が『南総里見八犬伝』に房総里見氏を取り上げた理由としては諸説あり、はっきりとしたことは言えませんが、里見氏が戦国時代に大きな勢力を誇った北条氏や上杉氏、武田氏などと渡り合い、同時代をしたたかに生き抜いてきたにも関わらず、最終的には取り潰しになって、歴史の中に埋もれてしまったという悲劇性が、小説の題材とするのに適していると考えたからではないでしょうか。


また、馬琴の生い立ちから見れば、母の遺言として託された「滝沢家再興」の思いを、小説の中の「里見家再興」に置き換えて実現しようとしたという風に考えられるかもしれません。さらにいえば、儒教思想の強い武家に生まれた馬琴にとって、「勧善懲悪」や「因果応報」といったテーマはどうしても描きたかったテーマであったと思われます。馬琴が理想とする道徳的な生き方を、儒教の教えを象徴化した「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の珠を持つ八犬士に託し、馬琴は物語の中で彼らを大いに活躍させました。


加えて、房総という江戸に近い場所を舞台とすることで、江戸の町に住む多くの読者層に親しみを持って受け入れられると、馬琴は思ったのではないでしょうか。執筆にあたり、馬琴自身は房総を訪れていないようですが、地元に伝わる史書などを参考にしながら、人名や地名については実在のものを登場させ、物語にリアリティーを持たせています。館山城の南麓には、里見氏最後の当主・忠義が没した際に殉死した八賢臣の墓があると伝えられており、これが八犬士のモデルになったともいわれています。


『南総里見八犬伝』の舞台となった南房総には、その作品世界で描かれている風景や、戦国時代にこの地を治めた房総里見氏の歴史にふれることができるスポットが、今も数多く残されています。馬琴が描いた兵どもの夢の跡を訪ねて、歴史ロマンの世界に浸ってみてはいかがでしょう。

Column

『南総里見八犬伝』のファンタジックな世界が、VFXを駆使して現代に蘇る!!

『南総里見八犬伝』は、江戸時代に刊行されてから現代に至るまで、繰り返し様々なメディアで取り上げられてきました。直近では物語が持つファンタジックな世界観を、最新のVFX(Visual Effects=視覚効果)技術を駆使して現代に蘇らせた映画『八犬伝』が2024年に公開! 八犬士が活躍する「八犬伝パート」と、史実でも親交があったと伝えられている馬琴と浮世絵師・葛飾北斎の友情が描かれる「創作パート」が交錯するエンターテインメント作品として好評を博しています。DVDも販売されていますので、見逃した方はぜひ見てみてください。

『南総里見八犬伝』のファンタジックな世界が、VFXを駆使して現代に蘇る!!

〈南総里見八犬伝ゆかりのスポットMAP〉

  • 滝田城址
  • 養老寺(役行者の岩窟)
  • 八房公園「八房と狸の像」
  • 伏姫と八房の像
  • 富山山門
  • 伏姫籠穴
  • 白浜城
  • 稲村城跡
  • 里見義通、義豊の墓
  • 久留里城(君津市立久留里城址資料館)
  • 里見公園
  • 岡本城跡
  • 城山公園(館山城)
  • 館山市立博物館

Google Mapの読み込みが1日の上限回数を超えた場合、正しく表示されない場合がございますので、ご了承ください

あわせてこちらの記事もチェック!

次に読みたい特集記事

千葉の初日の出スポット2026
千葉の初日の出スポット2026
https://maruchiba.jp/feature/detail_69.html
千葉の初詣スポット2026
千葉の初詣スポット2026
https://maruchiba.jp/feature/detail_17.html
千葉の日帰り温泉33選!
スーパー銭湯やスパ、日帰りできる温泉旅館をご紹介
千葉の日帰り温泉33選!スーパー銭湯やスパ、日帰りできる温泉旅館をご紹介
https://maruchiba.jp/feature/detail_60.html
千葉の神社・お寺特集!有名な神社やパワースポットもたっぷり72か所ご紹介
千葉の神社・お寺特集!有名な神社やパワースポットもたっぷり72か所ご紹介
https://maruchiba.jp/feature/detail_252.html
成田山新勝寺ってどんなところ?成田山公園や表参道のグルメ情報も満載!
成田山新勝寺ってどんなところ?成田山公園や表参道のグルメ情報も満載!
https://maruchiba.jp/feature/detail_172.html
千葉のお土産といえばこれ!地元民がおススメするお土産30選
千葉のお土産といえばこれ!地元民がおススメするお土産30選
https://maruchiba.jp/feature/detail_103.html
子連れ旅行に最適!千葉で子供が喜ぶスポット&遊び場19選
子連れ旅行に最適!千葉で子供が喜ぶスポット&遊び場19選
https://maruchiba.jp/feature/detail_51.html
香取神宮ってどんなところ?見どころや御朱印やアクセス情報等もご紹介します。
香取神宮ってどんなところ?見どころや御朱印やアクセス情報等もご紹介します。
https://maruchiba.jp/feature/detail_39.html
おすすめ!クリスマスにもぴったり千葉のイルミネーションスポット2025-2026
おすすめ!クリスマスにもぴったり千葉のイルミネーションスポット2025-2026
https://maruchiba.jp/feature/detail_44.html
絶景と歴史が詰まった鋸山!ロープウェーと登山の魅力を徹底解説します
絶景と歴史が詰まった鋸山!ロープウェーと登山の魅力を徹底解説します
https://maruchiba.jp/feature/detail_108.html
ページトップへ