ホーム > おすすめコース > 週末ぶらり千葉の旅 > vol.51【四街道市】軍郷の面影コース(標的はルボン山 突進!ル・ボ~ン!)

ここから本文です。

更新日:2015年5月21日

vol.51【四街道市】軍郷の面影コース(標的はルボン山 突進!ル・ボ~ン!)

マッピー(四街道マップ活用交流会のキャラクター)

マッピー
(四街道マップ活用交流会のキャラクター)

マップ活用交流会では、四街道の魅力を発信するために様々な散策マップを作製し、ガイドツアーを行っています。
郊外に広がる豊かな自然と歴史を秘めた里山が四街道の魅力ですが、初めて来た人がマップだけを頼りに散策するのは少し無理があります。
そこで今回は、駅から歩いて市の中心部をめぐり、幕末から戦争を経て現在に至る四街道の成り立ちの過程を知るコンパクトな散策コースをご紹介します。
佐倉藩の一部であった四街道は、幕末期に欧米列強に対抗するため藩主堀田氏により砲術の訓練場が置かれました。明治期以降、富国強兵策が進められる中で軍郷として町が形成され、敗戦後、ベッドタウンとして発展した四街道の歴史を辿ります。
ランチは四街道市役所近くの日替わりシェフの店「さくらそう」がおすすめです。

〈お問合せ先〉
四街道マップ活用交流会(四街道市みんなで地域づくりセンター)
TEL:043-304-7065
Mail:info@minnade.org

コースマップ

コースの概要

JR四街道駅から徒歩で中心市街地をめぐり、江戸末期に砲術訓練場が置かれ、第二次大戦後は平和を願う非核宣言都市として再出発した四街道市の近代の歴史を辿ります。

(1)四街道駅→(2)正岡子規句碑→(3)市役所/被ばくアオギリ二世→(4)陸軍野戦砲兵学校跡記念碑→(5)大土手山→(6)松並木通り→(7)旧陸軍野戦重砲兵第四連隊正門→(8)旧陸軍野戦重砲兵第四連隊将校集会所跡→(9)春日神社→(10)四街道十字路道標→(11)西洋館→(12)四街道駅→(13)日替わりシェフの店「さくらそう」

[所要時間:1,5~2時間]※施設の見学時間にもよります。

 

コース詳細

JR四街道駅

(1)JR四街道駅

1894年(明治27)7月に総武鉄道(現総武本線)市川-佐倉間が開通し、その5カ月後に四街道駅が開業。2014年12月に駅開設120周年を迎えました。

四街道駅自由通路の「MAPラック」に散策コースガイドマップが設置してあります。「軍郷の面影コース」の地図を持って北口の階段を降ります。

徒歩1分

正岡子規句碑

(2)正岡子規句碑

株式会社総武鉄道は明治27年7月、市川―佐倉間で県内初の鉄道を開業し、同年12月には四街道駅が開設されました。開通後間もないこの年の暮、当時新聞記者であった、俳人の正岡子規は、日本新聞に紀行文「総武鉄道」を発表。四街道を読んだ句である「棒杭や四ツ街道の冬木立」を残しました。

昭和61年、四街道駅前広場の完成に当たり、記念の句碑が建立されました。

ここから北に向かう大通り一帯は、現在は大型商業施設、病院などが立地していますが、かつては陸軍の学校や兵士の宿舎などが立ち並び「軍郷」と呼ばれていました。

徒歩15分

市役所/被爆アオギリ二世

(3)市役所/被爆アオギリ二世

駅前大通りを北に向かい、消防署のある交差点を右折、突当りに緑豊かな中央公園があります。この一帯が大型商業施設、病院、高層住宅、文化施設、市役所が集まる市の中心部となります。

公園前の前の道を進むと小学校の先が市役所。駐車場の一角に、広島で被爆したアオギリを移植した「被爆アオギリ二世」があります。明治期から敗戦まで富国強兵策により軍郷として発展してきた四街道が、戦後、県内自治体で2番目の非核宣言都市となるなど、平和への願いを街づくりの基礎として発展を遂げる象徴となっています。

徒歩5分

陸軍野戦砲兵学校跡記念碑

(4)陸軍野戦砲学校跡記念碑

市役所を出て交差点を渡りヤマダ電機の方向に向かうと左手に陸軍野戦砲兵学校跡記念碑があります。

江戸時代末期、佐倉藩主の堀田正陸は欧米列強に対抗するため洋式兵学を採用し、藩内に砲術射的場を築造しました。その後、1886年(明治19)政府は佐倉市下志津原に陸軍砲兵射的学校を開設、1896年には陸軍野戦砲兵射撃学校と改称し、この場所に移設されました。現在、跡地には石碑が建てられ、当時使われた弾丸の模型が展示されています。

徒歩10分

大土手山(ルボン山)

大土手山(ルボン山)2

(5)大土手山(ルボン山)

陸軍野戦砲兵学校跡記念碑を背にして道路の向かい側を見ると小高い丘があります。これが大土手山で、1861年(文久元年)から始まった佐倉藩の砲術訓練の標的に使われました。その後、明治政府は1873年(明治6)フランス陸軍のジョルジュ・ルボン砲兵大尉を教官として招き、その指揮のもとに大土手山の改修を行いました。このためルボン山とも呼ばれています。酒屋さん横の道を入ると登り口があり、頂上は桜の名所でもあります。(標高37m)

 

徒歩10分

松並木通り

(6)松並木通り

大土手山を右に見て西に進むと駅前からの大通りにぶつかる交差点に出ます。ここを左折して大通りを駅に向かって南下すると、通りの両側は松並木となっています。1894年(明治27)総武鉄道が開通した年に植樹されたとされていますが、さらに以前にすでに植えられていたという話も伝えられています。枯れるなどして次第に数が減り、現在、黒松32本が確認されています。

徒歩15分

旧陸軍野戦重砲兵第四連隊将校集会所跡

(7)旧陸軍野戦重砲兵第四連隊正門

消防署のある交差点で右折し、道なりに行くと5分ほどで愛国学園大学につきます。

1917年(大正6)この地に陸軍野戦重砲兵第四連隊の施設が建設されました。建物は残っていませんが、当時を偲ぶ赤レンガの門が、現在も愛国学園大学の正門として使われています。

近くには戦時中に松脂を採取した跡が残る松の切り株が残されています。

徒歩2分

旧陸軍野戦重砲兵第四連隊将校集会所跡

旧陸軍野戦重砲兵第四連隊将校集会所跡2

(8)旧陸軍野戦重砲兵第四連隊将校集会所跡

現在、四街道公民館が建っている場所には、かつて第四連隊将校集会所がありました。建物は昭和31年から昭和44年まで町役場として使われていました。今は建て替えられて、敷地内には多行松(たぎょうしょう)、イロハカエデなどの多くの樹木が植えられています。

徒歩15分

春日神社

(9)春日神社

大正8年に当時畔田村であったこの地の村民が神社を建立し、陸軍野戦重砲兵第四連隊の施設内に祭られていた春日神を遷座して春日神社としました。

徒歩10分

四街道十字路道標

四街道十字路道標2

(10)四街道十字路道標

春日神社の先に四街道十字路があり、そのわきにある給油所の一角に道標があります。

1880年(明治13)畔田郵便局がこの場所に開設され、翌年に郵便局名が「四街道」に変わり、それを機にこの道標が建てられました。道標には、東は東金、西は東京・船橋、南は千葉、北は成田山へと続く四つの街道が交わることが示され、「四街道」の名称の由来となりました。

かつてこの場所には、佐倉藩主参勤交代の折に休息所となったとも伝えられる樹齢約380年のエノキの古木がありましたが、2013年に根元の亀裂により伐採、現在はその2世が育てられています。

徒歩15分

西洋館

(11)西洋館

四街道十字路を駅に向かって進み、右折して駅手前の踏切を渡り、そのまま進むと突当りに西洋館があります。

1906年(明治39)フランス人技師により建築され、国登録文化財となりました。大正、昭和初期にかけては、皇族、華族の邸宅として使用されたこともあります。現在も、当時の面影を残したまま、住宅として使用されています。(個人宅のため、立ち入りはご注意ください。)

徒歩10分

 

 

 

(12)JR四街道駅

 

徒歩15分

日替わりシェフの店「さくらそう」

日替わりシェフの店「さくらそう」2

(13)日替わりシェフの店「さくらそう」

日替わりシェフの店さくらそうでは、毎回異なる市民によるシェフが、自慢の料理を振る舞います。

家庭的雰囲気の中、お一人様でもお気軽にご来店いただけます。

http://www.sakura-sou.com/(外部サイトへリンク)